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サワラのあがりこ【長野県】

2021.3.26

サワラのあがりこ樹形(鈴木和次郎氏提供)

サワラのあがりこ樹形(鈴木和次郎氏提供)



 その木を初めて見たとき、地中に埋まった巨人が、天に向けて手を伸ばしているのかと思いました。
 長野県の有明山山麓に位置する、松川村の芦間川(あしまがわ)源流域。標高1,000~1,400mの渓流沿いに、あがりこ型樹形のサワラ達は点在しています。
 「あがりこ」とは、多雪地域において雪上伐採により2~3mの背の高い切株となったブナなどの樹木から多数の萌芽枝(新しい枝)が生じ、それが成長した後また雪上伐採が繰り返されることでできる独特な樹形です。

 伐採された木は主に薪炭材として利用され、主に積雪量の多い東北地方などで萌芽力の強い木を対象にこの木材生産法(頭木更新法と呼ばれる)は行われていました。この方法の利点は、切株から萌芽が生じるので確実に次の世代が成長すること、伐採位置が高いため下刈りなどの保育作業が不要なこと、元株の栄養分を利用することで萌芽の成長が早いことです。20~30年のサイクルで、同じ木から次の薪炭材を生産できる最高の循環型木材生産法として、100年前までは全国各地で行われてきました。しかしその後のエネルギー革命で薪炭材の利用が激減すると、このあがりこ型樹形の木々も放置され、そのまま肥大成長することになりました。

平田美紗子画(日本森林技術協会会誌『森林技術』より)

平田美紗子画(日本森林技術協会会誌『森林技術』より)



 私が出会ったサワラも、通常であればまっすぐに伸びる木が、この伐採・利用法を繰り返すことで幾度も分岐し、まるで天に指を突き立てる巨人の手のような樹形になったものです。つまりこのサワラは、人間の営みと自然の萌芽力が作り上げた作品なのです。ただ、サワラは薪炭材としての利用価値は低いため、古人が何をするためにこの樹形を作り上げたのか・・・巨木を前に思いを馳せた一時でした。

 私の恩師である鈴木和次郎氏著『あがりこの生態誌』(日本林業調査、2019年)に、このサワラを含む全国各地のあがりこ型樹形の木の情報が掲載されています。

サワラのあがりこ

幹周り 約600cm(最大のもの、「サワラのあがりこ樹形」写真の巨樹)
樹高 約25m
樹齢 200年以上
所在地 長野県安曇野郡松川村鼠穴(馬羅尾国有林内)
交通 JR大糸線細野駅からおよそ6km、長野自動車道安曇野インターからおよそ20km
著者 平田 美紗子(林野庁 北海道森林管理局)