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  • 関野吉晴さん(探検家・医師・武蔵野美術大学名誉教授)

    アマゾンの巨樹

    関野吉晴さん(探検家・医師・武蔵野美術大学名誉教授)
    2020.12.25

ヤノマミの少女と
ヤノマミの少女と

「かろうじて保たれている『アマゾンの森』」

 僕がアマゾンに関わるきっかけは、大学のゼミの指導教官が「ちゃんとやるなら好きなことをやっていい」という先生で、じゃあ南米をやりたいと思って始めたのが最初です。法学部でしたが、法律の勉強はほとんどしませんでした。

 印象的な巨樹とのことですが、アマゾンだと木というよりは森なんですが、あえて巨樹といえば、僕はイチジクですね。種を飛ばして他の木に着生し、上下にどんどん枝を伸ばし、地面に着いたら根を張って、栄養分にして元の樹を“絞め殺して“いく感じで、最終的には、元の巨樹の形をしたイチジクになりかわってしまう。「絞め殺しイチジク」って言われているものですね。

 アマゾンの木というか、巨樹の特徴って何かというと、皆さんが想像しているものと実は違うかもしれません。皆さんはアマゾンというと、緑が連なる豊かな森林を想像していると思います。しかし、実際に森に入ると、あのモコモコしている森林では太陽の光が地面に届かず、下生えがないんです。で、木を見ると板根がすごいんですよ。そうでないと倒れちゃう。根が浅いんです。熱帯と温帯の森を比べてみると、腐葉土層は圧倒的に温帯のほうが深い。要するに全然肥沃じゃないんです。土が浅いから根の張り方が横になる。それもあって、アマゾンでは巨木になれずに倒れた倒木が多いですね。

 もうひとつ、森を見回すと気が付くことは同じ木がなかなか見つからない。樹木たちは、肥沃ではない土地で多様性を高め、乏しい栄養分を分け合って生育している。そのような中でかろうじて保たれているのが「アマゾンの森」なのです。

「アマゾンの木 極北の木」

絞め殺しイチジク
絞め殺しイチジク

 アマゾンの先住民がそういった巨樹に対し、どのような想いを持っているか?ということですが、彼らは役に立つ植物と役に立たない植物を区別しており、役に立たないものには関心がない。絞め殺しイチジクは役にたつものではないので興味を持っていないように思います。

 彼らと暮らして気づくのは、家にしても、柱や壁、燃料、何でもいいですが、自然の素材として何を使っているのか、わからないものがない。なかでも素材として重要なのは木です。家を作るのも木。なので、木に関心がないわけではないです。それは巨樹に対する関心とは違いますが。そういえば、アマゾンの先住民には、ブナやカシにあたる名詞はあるのですが、「木」という名詞はありません。抽象的な言葉は必要がないのでしょう。

 アマゾンから話は飛びますが、極北には生まれてから死ぬまで木を見ることがない人がいます。犬ぞりで北極圏から南下していたとき、先住民と一緒だったんですけど、ひたすらツンドラを走っていても木がない。ひと月ほど走り、小さなドロノキに出会いました。季節は初春でドロノキに冬芽が出ていて小鳥が来ていた。すると、先住民たちはそのドロノキまで走って行くなりひざまずいたのです。命の営みを感じたのでしょう。

 ソ連時代に教育を施されているので、実は彼らも木というものの知識はありますし、集落外に出れば森を見ることもあります。ただ、一生村から出ないような老齢の女性は木の実物を見る機会はありません。流れ着いた流木は燃料にもするし、かつて犬ぞりの材料にもしていた身近なものですが、生きている木は非常にまれです。

樹高54mのビヌアンを切る
樹高54mのビヌアンを切る

「巨樹から舟をつくる」



 関野氏は教鞭をとる武蔵野美術大学の学生に呼び掛け<黒潮カヌープロジェクト>に取り組んだ。自分たちの使う旅の道具の素材を極力自然に求め、また素材は自分たちで集め、素材の活用方法も伝統的な手法によるものとした。
 木を切り出して炭を焼き、その炭を使って砂鉄から鋼を作った。刀鍛冶が鋼を鍛えて斧を作り、巨樹をくり抜いて舟を制作、舟を繋ぎ止める縄や旅中の保存食も自らつくり、完成した舟でインドネシアのスラウェシ島から石垣島まで約5,000kmを航海した。旅に要した期間は約4年間。参加した若者はのべ200人にものぼる。
 これらの過程は映像で記録されドキュメンタリー映画として公開されている。

 インドネシアではマンダールという民族の舟大工に舟を作ってもらいました。彼らは船大工ですからもちろん舟を作った経験は豊富ですが、今回はチェーンソーを使わず、手斧やノミで作るのがコンセプトなので、そのように頼んだら理解されず、最初はみんなに断られましたね(笑)。

 舟にする巨樹はスラウェシ島で見つけました。樹種は東南アジアに広く分布しているビヌアンで、幹周り630cm、樹高54m。船大工の棟梁は、斧を入れる前に幹に手をあて、これから切ることを木に語りかけ、この木の精霊に他の木に移ってもらいました。

 このプロジェクトでは気づきがたくさんありました。5kgの鋼を作るのに120kgの砂鉄と300kgの炭が必要でした。炭はスギやヒノキではだめで、今回は岩手でアカマツを伐り出しています。で、どれだけ木が必要かというと3tのアカマツが必要でした。つまり鉄の歴史はすなわち森林伐採の歴史といっていい。これが気づきだと。買った素材でやっていたら、このような気づきを得ることはなかったでしょう。

 現地調査にしろ、こういったインタビューにせよ、さまざまな活動をオンラインなど五感でないものでやるほうが効率はいいかもしれません。感染症の拡大で実際に人と会ったり、旅をすることが難しくもあります。IT化が進み、先の見えない時代でもある。でも、実際に五感を通して出会った事柄には、きっとその人に染み込む気づきがあるはずです。

 私はこれからも旅に出るつもりです。年相応にですがね。自分たちの文化を知るために大事なのは、他の文化を知るということ。また人間と他の生きものの違いは、知りたいという欲求があることです。若い人には、調べたことの答え合わせではない旅をしてもらいたいなと思っています。