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北金ヶ沢のイチョウ【青森県】

2020.12.2

 NHKの巨樹と日本人のドキュメンタリー番組を制作するため、2017年秋から2020年春まで3年にわたり、日本中の巨樹に会い、撮影しました。その中で最も印象が強く、何度も会いに通った巨樹が、北金ヶ沢のイチョウです。
 この巨樹は、人知を超えた不思議な力を持っていました。

雪に包まれた紅葉の北金ヶ沢のイチョウ

雪に包まれた紅葉の北金ヶ沢のイチョウ(2017年11月)



 2019年夏、ETV特集の撮影で、脚本家の倉本聰さんと、北金ヶ沢のイチョウを訪れました。倉本さんは木が好きで木の点描画を描いています。80歳を超える倉本さんは、足を悪くしていて普段は杖を突いていますが、北金ヶ沢のイチョウを見つけると、突然車から降り、一人でスタスタと杖もつかずに早歩きをして、撮影スタッフを置き去りにして近づいていきました。巨樹の大きさに圧倒されたのか、ほとんど言葉は発しません。そして垂れ下がった気根を見つけて、触り、デッサンを描き始めました。
 描き終えたあと「青森で1,300年、何を見てきたんですかね?」「相当色んな記憶が詰まっているんだろう」「すごいよ、これは、これは参った」と、巨匠・倉本聰さんも本当に興奮して疲れたようです。そう、この巨樹と長時間向き合うには体力が必要なんです。それはこの木が持つ力のせいかもしれません。

北金ヶ沢のイチョウの気根

北金ヶ沢のイチョウの“垂乳根”(気根)



 私が初めてこの木に会ったのは2017年秋。第一印象はとにかくデカイ! そして、別名「垂乳根(たらちね)のイチョウ」と呼ばれるこの木は、無数の気根が凄い形で垂れ下がり、この木に祈ると母乳の出が良くなると言われ、昔から多くの女性が訪れ祈ったといいます。すぐ横には社も祀られ、神様の木と崇められて大切にされてきたことが伺えます。しかし私は、それはよくある伝説だ、言い伝えに過ぎない、と思っていました。
 ところが翌年の初夏に訪ねたときのことです。木の近くで出会った地元の70代の女性に聞いてみると、イチョウのおかげで母乳が出たというのです。そして、実際にイチョウのある気根を指さして、「ここに縫ったさらしにお米を3合下げて祈りました。1週間祈りましたら、じわりじわりとおっぱいが出ました。それで娘が育ちました」と、50年近く前の事を、昨日の事のように話し続けたのです。さらにその後、自宅で1枚の写真を見せてくれました。それは、若かりし彼女が赤ちゃんに母乳を吸わせている姿でした。まだ粉ミルクが高かった時代、イチョウのおかげで母乳が出て、嬉しかったのでしょう。古ぼけた写真から感謝の想いが伝わってきました。
 千年前から生き続けるイチョウの巨樹、そしてそれを崇める人々。それが相まって大きな力が生まれていました。巨樹が持つ目には見えない不思議な力を、私は北金ヶ沢のイチョウに何度も会って確信しました。

北金ケ沢のイチョウ

幹周り 2,200cm
樹高 31m
樹齢 1,000年
保護指定 国指定特別天然記念物
所在地 青森県西津軽郡深浦町北金ケ沢塩見形356
交通 JR「北金ヶ沢駅」下車、徒歩10分
著者 中沢 一郎(TVディレクター)