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阿蘇外輪山の雄大な風景と巨樹をめぐる旅
熊本県 阿蘇
車で6時間程度(約100km)
阿蘇くじゅう国立公園は、第二次世界大戦以前の1934(昭和9)年に前身の阿蘇国立公園が指定された歴史のある国立公園です。阿蘇五岳(あそごがく)及びその外周を取り巻く外輪山からなる雄大な景観はよく知られているところで、国内外の観光客にも人気の観光地となっています。
九州のほぼ中央に位置する阿蘇山は、南北約25km、東西約18kmに及ぶ世界最大級のカルデラを有した活火山です。その中心には中央火口丘群が形成され、阿蘇ジオパークの代表的ジオサイトでもある阿蘇中岳は、活動中の火口をのぞくことができる世界的にみても珍しい火山です。また、周辺の高岳(たかだけ・1592m)、根子岳(ねこだけ・1433m)、烏帽子岳(えぼしだけ・1337m)、杵島岳(きじまだけ・1326m)と中岳を合わせて「阿蘇五岳」と呼び、阿蘇を代表する景観の一つとなっています。
さらにその外周には、日本有数の雄大な草原景観が広がります。数百種の草原性・湿地性植物が生育し、その中には阿蘇でしか見ることのできない希少な植物もあります。この草原景観は火入れなどの人間の手が加わることにより維持されているものであり、火山に代表される荒々しい自然景観とともに人の営みにより形成された二次的自然がひとところで混在することが阿蘇の景観の大きな特色とも言えます。
このように変化に富む景観を持つ阿蘇地域では多くの巨樹が知られてきました。手野(ての)のスギはその中でも特に著名で、阿蘇くじゅう国立公園の「景観の特色」に取り上げられ、阿蘇の代表的な巨樹として長く知られてきたものです。手野のスギは残念ながら1991(平成3)年9月27日の台風19号(りんご台風)の被害を受け現存しませんが、阿蘇地域及びその周辺にはまだまだ有名無名の巨樹がいくつも存在しています。日数をじっくりかけて回ることもお勧めできる地域ですが、今回は巨樹好きなら一度は見ても損のない、選りすぐりの5本を選び、阿蘇東側の雄大な景観を楽しみつつ、巨樹を車で巡るコースをご紹介します。
【アクセス】
阿蘇くまもと空港からスタート
【行程】
阿蘇くまもと空港
↓ 車30分程度(25km)
スポット1 一心行の大桜
↓ 車15分程度(9.5km)
スポット2 高森殿の杉
↓ 車1時間15分程度(52km)
スポット3 竹の熊の大ケヤキ
↓ 車10分程度(4.5km)
スポット4 けやき水源のケヤキ
↓ 車8分程度(4.2km)
スポット5 下城の大イチョウ

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スポット1
一心行(いっしんぎょう)の大桜
「南阿蘇を代表する一本桜」
阿蘇くまもと空港から東に約25km車を走らせると最初のスポットです。一心行の大桜は、九州の一本桜としては指折りのものであり、桜の季節には九州各地から多くの観光客が訪れます。
伝承では戦国時代、この地の武将で矢崎城城主でもあった伯耆守惟冬(ほうきのかみこれふゆ)が、1580(天正8)年の島津氏との戦いで戦死した後、残された妻子が城主と家臣たちの御霊を弔うために桜の苗木を植え、一心に行をおさめたというところから「一心行」の名がついたとされています。この桜は伯耆守惟冬の墓所に立つ菩提樹として長年大切にされ、この伝承から樹齢は400年以上と伝わっています。
最盛期は扇形に広がる見事な樹形が映える非常に美しい桜として知られていました。近年は台風の影響で主幹が折れるなど、往時の姿からは樹形は変わってきており、腐食菌による影響も見られますが、今なお桜としては見ごたえのある巨樹となっています。
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スポット2
高森殿(たかもりどん)の杉
「高台の森に現れる異形のスギ」
テレビで紹介され、一般にも知られるようになった「高森殿の杉」ですが、現地周辺ではほとんど案内がないので事前に調べておかないとわかりにくいかもしれません。国道325号を東進、国道265号と合流してすぐの交差点で細い小道に入ります。1kmほどで「高森殿の杉 入口」と書かれた看板と駐車場があり、そこから徒歩で牧草地の坂を200mほど登ったところの小さい森が目的地です。
地元では「たかもりどん」の名で親しまれているとのことで、当地高森城主の高森伊予守惟居(たかもりいよのかみこれおり)が、1586(天正14年)の島津氏との戦いで敗走の結果、この杉の下で自刃した伝承からこの名がついたとされます。
2本の杉が並んで立っており、全く異なる樹形ながらそれぞれ魅力的です。幹の太さは横綱クラスではありませんが、うねるように幾つもの枝が四方に伸びた姿は圧倒的な存在感で、一見の価値ありとお勧めできる巨樹です。
※なお、現在この地は村山牧野組合により管理されており、一帯は放牧地のため、家畜伝染病予防の観点から注意書きが掲示されています。注意事項を守り、禁止事項にあてはまる場合は立ち入らないなどの配慮が必要です。また、巨樹周辺で牛と遭遇することがありますので、牛を驚かせないなど事故のないよう気をつけましょう。
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スポット3
竹の熊の大ケヤキ
「西日本最大 ケヤキの老木」
阿蘇市から国道212号を南小国方面に向かい、志賀瀬川右岸沿いの県道40号から左岸の竹の熊集落に入ると、天満宮に国天然記念物の大ケヤキが立っています。集落内の道は細く注意が必要ですが、見学者専用駐車場が設けられています(2023年現在)。
国指定天然記念物としては意外なほど目立たずひっそりとしていますが、近くに行けば一目瞭然の太さを誇っています。樹齢は1000年を優に超すと言われ、西日本最大級、全国でも上位の大ケヤキです。太い幹は苔むしており、ところどころ衰えの見える老年の趣ですが、その風貌こそが1000年の年月を感じさせるものとなっています。
現地の解説によれば昭和初期、このケヤキを巡り伐採の話が持ち上がったものの、裁判の結果保存することが決まったということです。1935(昭和10)年の天然記念物指定を経て、現在も年2回の大祭がこのケヤキの下で行われるなど、地元の宝となっています。
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スポット4
けやき水源のケヤキ
「知る人ぞ知る無二の景観」
国道212号から小国町役場方面に入り、町役場の少し先、静川沿いに立つケヤキです。今回ご紹介する中では巨樹としての知名度は最も低いと思われますが、他ではまず見られない奇跡の景観といえる情景は、機会があればぜひ見てほしい巨樹です。
このケヤキのある小国町宮原付近は湧水が各所に見られます。当地はけやき水源の名前で知られる水源地で、豊富な水量の湧水が湧き出ており、2011(平成23)年度に「くまもと水と緑の景観賞」に選ばれています。
ケヤキはこの湧水を上から覆うように立っており、あたかもケヤキそのものから水が湧き出ている様に見えます。湧水を覗けば小魚が泳ぎ、巨樹と湧水と稚魚の共存というここならではの情景を目にすることができます。その幻想的情景からか、水源脇に祀られた水神様は福運三社めぐりの一つとして多くの人が訪れるそうです。
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スポット5
下城の大イチョウ
「樹齢伝承1000年の「ちちこぶさん」」
小国町役場のある宮原地区と杖立温泉のほぼ中間の小国町下城地区にあり、国道212号から東へ入った町道沿いの小高い場所が目的地です。
ひこばえが多く、枝張りの大きさが特徴の老大木で、遠方から見ても樹冠の大きさが際立っています。県下では最大のイチョウといわれており、毎年黄葉の季節にはライトアップされ、近隣の下城滝と共に町の観光スポットとしてにぎわうようです。
小国の歴史に古くより登場する木で、戦国時代にこの地域を支配していた下城上総介経賢(しもじょうかずさのすけつねかた)の母妙栄尼の墓標と伝承されるとともに、小国に長く伝わる悲恋伝説である「鏡ヶ池伝説」に登場する醍醐天皇の孫娘である小松女院の乳母眞神の墓標との伝承も残っています。また、地元では「ちちこぶさん」とも呼ばれ、樹皮をせんじて飲むと母乳の出がよくなった、という言い伝えもあります。1934(昭和9)年に国指定の天然記念物に指定されました。
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そのほかの見どころ
手野のスギ
手野のスギは、阿蘇市一の宮町手野の国造(こくぞう)神社境内に生育していた阿蘇の景観を代表するスギの巨木でした。
国造神社は熊本県最古の神社の一つで約2000年の歴史を持つとされます。阿蘇開拓に尽力した速瓶玉命(はやみかたまのみこと)らを祭神とし、農業の神として長く信仰されるとともに、手野のスギも速瓶玉命ゆかりの非常に歴史のあるスギと伝わっていました。1924(大正13)年に国の天然記念物に指定され、広く知られる巨樹でしたが、1991(平成3)年の台風被害で、地上約11m付近で主幹が折損、土壌改良等を行いましたが残念ながら枯死してしまいました。被害を受け国の天然記念物指定は解除されましたが、地元にて「手野の大杉保存事業期成会」が結成され、折れ残った2.5mから7mを切断し、上屋をかけて2002(平成14)年に今の姿となっています。
また、同じく1991(平成3)年の台風で倒壊してまった伝樹齢800年の巨大なムクノキ(水神木とも呼ばれる)も切り株が残され、社務所に展示されています。