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  • 海津ゆりえさん(文教大学国際学部国際観光学科教授)

    地域の宝としての巨樹

    海津ゆりえさん(文教大学国際学部国際観光学科教授)
    2020.1.30

ガジュマルの周囲で憩う子供たち
ガジュマルの周囲で憩う子供たち

「学生たちと日本各地を歩く」

 私の専門はエコツーリズムで、地域づくりの視点から観光を捉えて研究しています。現在は大学で学生たちと日本各地を歩いては、地域との関係を築いています。

 ピンポイントで巨樹を見に行くことはないですが、各地で巨樹とその森、またその巨樹を大切に思っている方との出会いがあります。巨樹のある風景で思い浮かぶのは、鹿児島県の奄美群島のひとつ、沖永良部島。国頭という集落の小学校の校庭に大きいガジュマルの木があります。枝張りが大きくて支柱も立てられているのですが、子どもたちがその大きな木のまわりを走り回って遊んでいる光景に出会いました。先生たちも誇りに思っているのでしょうね。写真を撮りたいと申し出ると、「どうぞどうぞ」と。また、東京都の伊豆七島のひとつ御蔵島のスダジイの森は、巨樹の周りに新たな芽吹きが見られ、高木から低木、草地までの森のファミリーがちゃんとでき上がっていて、その森自体を地元の人が愛情と尊敬を持って大切にしています。巨樹はシンボルツリーなどと呼ばれて一本の大木のイメージがありますが、本来は生態系の遷移が落ち着いて、その結果として大きな木が残ったというもの。だから巨樹がその森に何本あるかで、その森の広がりや健康度などの目安にもなります。

 徳島県の美郷村(現在は合併して吉野川市)でも印象深い巨樹との出会いがありました。「美郷のホタルおよびその発生地」として村そのものが国指定の天然記念物となっているのですが、村の中央を美郷川という川が流れており、川辺にムクノキの巨樹があって地元の人たちに大切にされていました。急峻な山に囲まれているため水害の多い場所なのだそうですが、大水が出た時に、流された人がこの樹にひっかかって命が助かったというのです。

 どの樹も有名ではないのですが、地元の宝として大切にされている巨樹たちです。

 岩手県の宮古市には、震災復興のサポートのためのエコツアーを企画して、何度も学生と一緒に通いました。地元のガイドさんの案内で黒森山の麓から旧参道を通って黒森神社という三陸沿岸の漁師達から厚く信仰されている神社まで歩き、国指定の重要無形民俗文化財である黒森神楽を見学するツアーです。この本殿の背後の山中に、一説には樹齢3,400年といわれる祖父杉(おじすぎ)と祖母杉(おばすぎ)があります。ほぼ枯れかけながらも立っている2本なのですが、その姿は神々しく、ツアーでも必ずご案内して感動を呼んでいます。

 エコツアーとは、ガイドさんに訪問先の自然や地域文化を案内してもらいながら楽しく体験し、学ぶことができる旅のことです。旅をするという楽しみがまずあって、その楽しみの延長線上に地域の大切な宝…これは地域の巨樹であったり、お祭りだったり、伝統食だったりすると思いますが、そういう宝とふれあい、想いがつながっていく、そしてゆくゆくはその宝を守れる人になっていく。この一連の「エコツーリズム」という旅に対する考え方を実現させるのが、エコツアーです。

 地方によっては、地域振興の資源のひとつとして巨樹を切り札として使いたい、というのはあると思います。でもエコツアーとして考えてみると、「巨樹があるから見に来てください」というだけの捉え方だけでは不十分だと思います。巨樹や巨木は「見る」だけの対象ではないからです。世界自然遺産の屋久島では、あえて屋久杉は見に行かないという旅行者もいらっしゃると聞きます。ガイドさんの中にも縄文杉を避けていた事業者もいました。この「行かない」という判断もエコツーリズムの考え方のひとつだと思っています。屋久杉だけを見に行くのではなくて、ちゃんと屋久島の文化を知ってもらいたいということです。その場所に行って写真を撮ってSNSにあげて終わりというのは、確認の旅。深い理解や観光としての持続性はないかもしれないですね。学生たちも画像検索をしてから旅先を選ぶようですが、「行ってみてがっかり」ということも多いようです。

 巨樹も、誰が案内して、どんな物語を語ってくれるかというのが非常に大事になってくるでしょう。里の体験に行って、そのなかに巨樹があり、その巨樹が地域の人とのつながりのなかで大事にされていて、といった物語があれば「行ってよかったな」ということになると思います。

地域の宝物について話を聞く学生たち
地域の宝物について話を聞く学生たち

「語り部として地域の宝を伝える」

 今年(2019年)の3月、私のゼミが協力した聞き書き調査の冊子「奄美群島の残したいもの伝えたいものー12集落の宝もの」を出版しました。この冊子制作に携わったゼミ生は50名を超え、足掛け4年もの間、地元の方にインタビューを行って地域の宝を掘り起こしました。学生たちは、島の方たちに、暮らしのなかで身近なもの、大切なものを聞き、それを地域の宝として記しました。話してくださった方々は、自分たちの宝ものを孫や子どものような学生たちに丁寧に語ってくださいました。

 こういった自分たちの物語を語る「語り部」は、お年寄りである必要はありません。東日本大震災の後には、語り部がたくさん生まれましたが、震災から10年が経ってだいぶ高齢化しています。そして今、南三陸町や陸前高田市では若い人たちがグループをつくって、自分たちの目線で震災を語り伝える活動をしています。自分たちの言葉で、その世代の価値観のなかで語り継ぐということも大事なことです。そして語られる宝というのは「なぜこの地域で自分が生きてきたかの証」であり、次の世代を救うことになるのでは、と私は思っています。

 巨樹や巨木は地域の中で大切にされ、地域の語り部の役割を果たすものです。物言わぬ語り部を人が代弁することで、訪れた人の中に何かが生まれるでしょう。みなさんも「巨樹の意味」や「大切にしてほしい」という思いを語り伝えていってください。巨樹という宝をわかっているみなさんが語ることで、その大事にしている気持ちは必ず伝わるはずです。