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  • 米 美知子さん(写真家)

    日本の森を撮る

    米 美知子さん(写真家)
    2019.2.18

静寂の沼(八甲田)
       静寂の沼(八甲田)

「はじめての森 八甲田のブナ」

 はじめて森の素晴らしさを知ったのは、「八甲田のブナの森」です。実は私、ずっと音楽をやってきて最初に就いた仕事が音楽教室のエレクトーンの先生でした。なので20代まではカメラとはご縁がなくて、たまたまテレビで八甲田のブナの森が紹介されていて、その画面から伝わってくるやさしい感じに魅了されて、「行ってみよう!」と。八甲田って、映画『八甲田山』の影響で、遭難のイメージがあるじゃないですか(笑)。でも実際に行ってみると本当にやさしい感じの森で、沼や小川があって、鳥がいて、大きな木があって、ありとあらゆる私のなかの森のイメージが、八甲田のブナの森に詰まっていました。

 私が森の写真を撮るようになったのは、もともと自然が好きで憧れがあったから。先日亡くなられてしまったのですが、佐藤さとるさんという作家の『誰も知らない小さな国』のコロボックルシリーズが大好きで、コロボックルという子どもだけに見える小さな森の妖精たちが暮らす森に自分も行ってみたいなと思っていました。図鑑も大好きで、花や宇宙の本をいつも読んでいましたが、都内に住んでいたので、実際の自然のなかに行くことは八甲田の森に出会うまではほとんどなく…。八甲田のブナの森に出会ったのをきっかけにして、今、こうして北海道から西表島まで、カメラの機材など20kgほどの荷物を背負って日本全国の森を歩きまわっています。

「森は私の楽しい遊び場」

エゾハルゼミの誕生(八甲田)
     エゾハルゼミの誕生(八甲田)

 八甲田は私の原点であり、森の素晴らしさを知った場所でもあります。だからプロとしてのキャリアをスタートさせるために制作した初めての写真集のテーマも八甲田にしました。私は、独学で写真を学びましたが、そのテクニックは八甲田の森で磨きました。デビュー作の『青い森話(しんわ)』(文一総合出版,2005年)の撮影のために、春夏秋冬、計50回以上は八甲田の森に行き、月明かりの下での撮影、厳冬の樹氷の撮影などにも挑戦しました。当時はまだフイルムの時代ですから、良いのが撮れたと思っても東京に戻って現像したら失敗だった、ということもよくありました。森って自由に生きているから、どこを撮っていいか分からなくなってしまうのですよね(笑)。でも、それが森の魅力で、撮れるまでのプロセスが私は好きなんです。だから私は、「森が撮れれば、どんな場面でも撮れる!」と考えて、自分の写真教室の生徒さんたちにも森での撮影の仕方を教えています。

 森に入ると五感が研ぎ澄まされます。自然のなかには直線的なものがない。やさしい線しかないので、そういうものを見たり触れたりすると、私の心もやさしくなる気がします。そしてそれは、人間が本来の動物に戻れる時間。そうしていると、ちっちゃいキノコや羽化したてのセミが「ここにいるよ!」と教えてくれたりするんです。私に何かメッセージを送ってくれているのかな、心を開いてくれたんだな、と嬉しく感じます。森はいいところだよ、と伝えて欲しいといわれているような気がします。私にとって森は楽しい遊び場、元気がもらえる場所なんです。

 今は画像を加工したり編集することが流行りですが、私は写真を撮るときに、自然の美しさをそのままに、色を足したり引いたりしないで、そのままの空気感を表現するようにしています。そして、写真という平面の表現に音を感じてもらいたいと願っています。小川のせせらぎや大きな木の梢を抜ける風の音、鳥の声、自然には人間にはできない表現力がある。そんな自然のハーモニーが私の写真から聞こえればいいですね。森のなかは心地よい賑やかさに溢れていますから。

 巨樹を撮るときに、そのすべてをフレームに入れるのがまず難しい。やはりレンズは大事でしょうね。本格的に撮影するなら超広角レンズを使うのも良いでしょう。コンパクトデジタルカメラしか持っていないなら、フラッシュをたいてはダメ。そうすると画面の色があせて白っぽくなってしまうから。ISO感度を少し上げて、フラッシュをたかないこと。でもそうするとぶれやすくなるから、小さな三脚でもいいから持って行って、カメラを固定してタイマーで撮ればきれいに写ります。それと、巨樹をアップで撮りすぎても窮屈になる。空気の通り道、奥行き、周りの森や季節感を入れて撮ると、見違えるようになりますよ。

 最後に、ちょっと最近気になっていることを。森で危ないな、と思うのは軽装で山に入ってくる方々。たとえ片道30分であっても森は森ですから、それなりの装備は必要です。夕方から山に入ってくる方もずいぶん見かけます。明るい夏の夕方であっても、一瞬で森の中は暗くなりますし、クマ鈴も持たずに天気予報も見ずに山に上がるのはあまりにも危ない。万一事故が起きれば、せっかくの遊歩道や登山道が閉鎖されてしまうおそれもあります。森が好きなら、畏敬の念を持って、しっかりとした計画や装備とともに訪れて欲しいと思います。

 私は自然が好き、森が好き、そして写真が好きです。自己表現を写真でしたいから、カメラを持たずに森に入ることはありません。森の素晴らしさを表現したいし、伝えたい。自分の足でそこまで行って、自分の目で視ることを大切にしたい。

 日本中を歩いて思うのは、名前のない素晴らしい巨樹が日本の森にたくさんあること。どんどん歩いて、視て、自分の大事な巨樹を見つけてほしいと思います。そして、そっと触れて、梢を見上げてほしい。疲れたときに森に入って、巨樹を観ることはすごくリフレッシュになると思います。多くの方々が、いつしか巨樹や森の愛好家になり、やがてはカメラ愛好家になって、日本の巨樹や森の素晴らしさを上手にカメラに納めていただけたらいいな、と思います。