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  • 安部鉄雄さん(樹木医)

    ロッククライミングと巨樹と

    安部鉄雄さん(樹木医)
    2018.1.19

應義塾大学日吉キャンパスのイチョウ並木も剪定した

「樹木医の仕事とは」

 樹木医という制度は、ふるさとのシンボルとしての巨樹や古木を守るために作られたもので、現在、2,673名もの樹木医が日本各地で活動しています。

 僕は横浜市内で樹木医としての仕事をすることが多いのですが、名木・古木として指定されているものを対象に、診断や治療をするのが主な仕事です。ほかには、道路工事などの途中に巨樹があり、それを切るか切らないかという話になったときにも声がかかることが多いですね。サクラなどは住民から残したいという声が多く寄せられますが、現実的には何とか残して剪定はしたものの、どんどん樹勢が悪くなってしまうケースも多々あります。そういうときは、いつ倒れるかわからない危ない樹をがんばって残すより、思いきって伐採して新しい樹を植えれば、何年かしたらちゃんとした並木になりますよ、という提案をしたりもします。街路樹や公園の樹など公共的なものは、危険という判断をどこで出すか、ということが樹木医に問われますね。

「ロッククライミングの技術を取り入れて」

2010年の永平寺のスギの高所診断

 僕はもともと山登りが好きで、お金がたまると日本を飛び出して海外に行っていました。帰国して仕事がなかったときに、山登りの友だちのツテで植木屋を手伝うことになりまして。植木屋さんって皆さん、腰に巻く安全帯だけで高いところで仕事をしているんですね。あれじゃ樹から落ちると危ないと思い、登山用具を持参して、「ちょっと見てくれ」と言って、親方の目の前でロッククライミングの要領で剪定してみたんです。そしたら、「これはいい! 今度からこれでやってくれ」と。ガンコ親父だったんですけど、「ほかの植木屋や元請けにもオレが説明するから」と言ってくれて。

 この独自のスタイルで仕事を続けていたのですが、2010年の永平寺の樹木調査をきっかけに、高所診断という特化した仕事が確立しました。この調査では、のべ半年ぐらいかけて樹高50m近い樹を200本診断しました。それからずいぶん高所診断の仕事はしてきましたが、とくに印象に残っているのは縄文杉ですかね。樹という感覚より、大きな岩に枝が生えているような感じでした。ゴツゴツとして着生植物がとても多く、ツツジだのヤマグルマだの、いろんな樹が着生していてそれ自体が生命体だと感じました。

 屋久島にはご縁があって、仕事ではないのですが、つい最近もヤクタネゴヨウに会いに行ってきました。ヤクタネゴヨウというのは、屋久島と種子島にのみに自生する絶滅危惧種で、僕が出会った樹は世界で2番目に大きなもので、下枝がまっすぐ伸びたきれいな樹でした。とても元気でしたけど、残念ながら中がシロアリにやられて空洞になっているところもありました。

屋久島のヤクタネゴヨウ

「樹木医に気軽に声をかけて」

 巨樹で印象に残っている樹といえば…山登りで海外に行っていた頃の話ですが、アフリカで見たバオバブの樹が印象深いですね。直径5mくらいある大きな樹なのですが、幹の半分がえぐれているんです。どうしてなのだろう? と不思議に思って地元の人に聞くと、「あれはゾウが毎日体をこすっていくからだ」と。このバオバブはゾウの通り道にあったんです。えぐれ方もハンパじゃないし、その原因がゾウということも面白くて、スケールの大きい話ですよね。

 また、インドネシアのイリアンジャ(パプア州)に行ったときのこと。その村には原始的な暮らしを営む部族が住んでおり、森の入り口に3〜4m四方に樹の囲いがあって、その中にサカキくらいの大きさの樹が立っているのです。何だと聞いたら、「神様が宿っている樹で神聖な樹だから、近づいてはいけない」と言われました。それは、すごく日本的な感覚に似ていて、ちょっと感動しました。今になって思えば、葉っぱとか1枚くらい持ち帰ったら、調べることができたのに。あの頃、今のように樹に興味があったなら、また違った目でいろんなものが見えたんだろうな、と。

 巨樹好きな友人たちに「それだけ海外に行っているんだから、いろんな樹を見てきただろう」ってよく言われますが、なんの興味もなかったから、なんの記憶もありません(笑)。惜しいことをしたな、と思います。

 今、ヒマがあると趣味のように面倒を見に行く樹に、横浜の戸塚区汲沢にある宝寿院のしだれ桜があります。当初はかなり弱っていて、なんとかしたいという住職の要請で関わって10年以上になるのですが、だんだん樹勢が良くなってきています。人間と違って、樹木の回復は何年もかかり、長い目で見ていかなければなりません。若い樹は治療するとどんどん良くなりますが、巨樹はどうにもならない場合も多く、周囲の環境を変えないようにやっていくことがいちばん重要だと考えています。

 巨樹はどうかすると1000年の単位で生きている、驚異的な生命力の持ち主です。その寿命の長さは人間とは比べようがない。その樹からすれば、僕らが接する時間なんて、ほんの一瞬、点みたいなもの。はるかに長く生きてきて、これからも生きていくということを想像するとき、誰の心にも畏敬の念がわきおこってくるでしょう。この巨樹を守るためにも、どうやって保護してよいかわらないときは、樹木医にぜひ声をかけてほしいと思います。