飛木稲荷神社のイチョウ【東京都】

2024.12.25

 最も有名な焼けイチョウの一つが東京都墨田区押上にあります。このイチョウは唐沢孝一氏の著書『語り継ぐ焼けイチョウ』、『よみがえった黒こげのイチョウ』の表紙に掲載され、その黒々と炭化した幹肌の幅、高さとも、今でも人々を圧倒する迫力があります。何よりもその壮健な樹勢は、関係者の皆様の努力を表すもので、全国の専門家たちが驚かされる勢いを持っています。

幹部の多くは黒焦げ

幹部の多くは黒焦げの材がむき出しになっている



 樹木による防火力は、①火にどこまで耐えるか(耐火力)、②熱をどれだけ遮断するか(遮熟力)の2点が重要視され、一般に③再生力が話題になることはありません。全身を焦がしながら火炎に耐えて町や人を守っても、傷ついた樹木は治療もされず、癒えるのを待たず、復興の名の下で伐倒されるのが普通だからです。しかし、飛木稲荷神社がある押上2丁目は、昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲でわずか焼け残った曳舟駅周辺地区にあり、このイチョウがまさに焼け止まり線上に衝立のように残ったため、人々の畏敬の念と大きな希望を集めたと思います。

隠れおキツネさん

樹冠中に見える「隠れおキツネさん」も黒焦げ(中央突起の先端が耳と顔、左突起が尾)



 現存の幹を観察すると、西側も東側も見上げる範囲の上方まで、また根入りの土壌中まで、形成層の内側の材部が炭化しています。3月は落葉時期であり、空襲を受けた時は裸木だったはずで、そのことが生存に幸いしたと思われます。イチョウは樹木の中でも比較的分厚いコルク層を樹皮に持っており、芽吹き前の豊富な水分を蓄えていて、周囲を火炎に囲まれながら耐え、最終的には全体が焼け焦げながらも一部の樹皮と形成層が残ったのでしょう。空襲の直後には全身が黒こげに見えていたと想像されます。現在も、境内には焼けイチョウを含め12本ものイチョウの他、サトザクラ、スダジイの高木が育ち、地域一帯の安全の守り神となっています。

地図_飛木稲荷神社のイチョウ_東京都

幹周り 480cm(現地案内版)
樹高 15m(現地案内版)
樹齢 600年以上(現地案内版)
保護指定 墨田区特別保存樹木
所在地 東京都墨田区押上2丁目39-6飛木稲荷神社境内
交通 東京メトロ半蔵門線曳舟駅から南方面へ徒歩約5分
著者 岩崎哲也(淡路景観園芸学校/兵庫県立大学大学院緑環境景観マネジメント研究科、全国巨樹・巨木林の会会員)
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