お化けスギ【高知県】
2021.11.29
高知県東部の魚梁瀬(やなせ)といえば、少し地理に詳しい人なら、スギの美林を思い浮かべるのではないでしょうか。京都の北山スギ、秋田の秋田スギ同様に、この地の真っすぐ伸びたスギは、優れた建築用材として、つとに知られています。
この美林がある馬路村の北の端、徳島との県境あたりに、すらりと美しい魚梁瀬スギとは似ても似つかない、奇怪な姿をしたスギがあるといいます。その名も誰が付けたか「お化けスギ」。いかにもいわくありげな樹のようです。いつか訪ねてみたいと思っていましたが、コロナ禍のストレス発散を兼ねた小さな旅で、漸(ようや)くその念願を叶えることができました。
ただ、深山にあるだけに簡単には逢わせてくれません。未舗装の林道を自家用車で延々走破し、やっと登り口に到着。そこからがまた長かった。崩れやすく、ところどころ不明瞭になる山道をひたすら慎重に登ってゆきます。急登の連続に疲れを覚え始めた頃、ようやく尾根に達してホッと一息。息を整え、ふと向こうの木立を見やると、異様な黒い影が見えます。それが目指す「お化けスギ」でした。
“お化け”とはよく言ったもの。幹は普通のスギのように通直ではさらになく、まるで蛇が寄り集まったごとく、うねうねと起伏をなし、燃え盛る炎のように中途から天に向かって幾多の枝を伸ばしています。まさに怪樹。いったいどうしてこういう姿になったものか。自然の造形の神秘に驚くばかり…。
昔、この地に抜け人や盗伐を見張る番所があったことから、「番所跡の大スギ」との別名もあるとか。辺りは爽やかな風が吹き抜け、鳥の囀(さえず)りのみが聞こえる稜線上の別天地。人の訪れも稀な今となっては隔世の感がありますが、あるいはこの樹も、かつて山に暮らした人々の、世に知られぬ喜びや悲しみを幾度も見てきたのかもしれない…。そんなことを思いつつ、しばし樹との出会いをしみじみと味わったことでした。
幹周り | 870cm |
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樹高 | 30m |
樹齢 | 推定500年以上 |
所在地 | 高知県安芸郡馬路村大字魚梁瀬 国有林赤石山2064林班ち小班内 |
アクセス |
魚梁瀬ダムから魚梁瀬大橋を渡って右折、東川林道に入って北上し、 約15kmで登山口(林道脇に案内表示あり)。 そこから徒歩約1時間40分。※林道にはゲートがあり、 入山の際は、事前に安芸森林管理署魚梁瀬地区合同事務所(℡0887-43-2314)に届出が必要。 |
著者 | 谷口渡志夫(大阪府在住 全国巨樹・巨木林の会会員) |