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トチノキのあがりこ【富山県】

2021.9.29

 富山県の有峰地区は県南東部の中部山岳国立公園に隣接しており、北アルプス随一の巨峰と呼ばれる標高2,926mの薬師岳の麓に位置しています。 現在有峰に居住する村人は居ませんが、有峰ダム建設の土地買収が始まる大正9年頃までは、13戸の集落があったそうです。
 その集落近くの冷夕谷(つべただに)遊歩道の途中に、かつての村人が木材を利用していた証であるトチノキの「あがりこ」を見ることができます。 「あがりこ」とは、薪や炭の材料となる木材を得るために、雪上に出た部分を繰返し伐採してできた奇妙な形の木のことで、言葉の語源は「上がった所から新しく子が生まれる」ということに由来しているそうです(出典 有峰森林文化村「有峰トランプ」)。
 有峰の積雪は通常4~5mもあり、あがりこの多くはその高さで変形しているものが多くなっています。

有峰の冷夕谷遊歩道沿で見られる奇妙な形の「あがりこ」

有峰の冷夕谷遊歩道沿で見られる奇妙な形の「あがりこ」(提供:有峰森林文化村)



 巨樹といえば、まず「環境保護のシンボル」であることが想像できますが、私の予測では、むしろ「木材利用の歴史」を表しているものが多いのではないかと思っています。屋久杉や、富山県立山町美女平の美女杉などがこれにあたるかと思います。
 また、あがりこのように、直接木材利用された過去がある巨樹に限らず、周辺の森林が大いに活用された場所で、「森林の利用と保全」の歴史の象徴として残された巨樹が多いのではないかと思うのです。
 我が国は、先進国の中では有数の森林率(67%)を誇る森林大国でありながら、木材の自給率は40%弱にとどまっています。 木材は、水や石油、鉄鉱石と同様に、私たちの生活には欠かせない資源ですが、自国に多くの資源を抱えながら、それを使用せず、他国の資源に依存している現在の状況は、世界規模での環境保全を考えるうえでは、決して好ましいことでないと考えます。

夕暮れに赤く染まる北アルプス随一の巨峰「薬師岳」

夕暮れに赤く染まる北アルプス随一の巨峰「薬師岳」(提供:有峰森林文化村)



 昔人が工夫を重ねて木材を利用した「あがりこ」を見ていると、『日本人よ、もっと身の回りの木材を使いなさい』という声が聞こえてくるかのようです。
 日本には本当に多くの巨樹があります。巨樹を眺めることにより、より多くの方が、森林を「守る」ことだけでなく、「利用する」ことについても、思いを馳せていただけるようになることを願っています。

トチノキのあがりこ

幹周り 有峰地区のトチノキで最大のもの約450cm
上記のうち「あがりこ」で最大のもの約320cm
*写真の矢印の位置(幹が分離する少し下の一番太くなる部分で、地上4mほど)の幹周りは500cm
樹高 約10m
樹齢 推定100年以上
所在地 富山県富山市有峰村川谷割 冷夕谷遊歩道沿
著者 吉江 良(富山県庁 林業職員)