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縄文杉と巨樹

2017.7

縄文杉と巨樹の写真

 日本で一番有名な木を選ぶなら、縄文杉でしょう。幹の周囲は1610cm、樹高は30mにもなる巨大な常緑針葉樹で、樹齢は七千年を超えるとも言われています。縄文杉を初めて訪れたときには、その神々しさに畏敬の念を抱かざるを得ませんでした。 縄文杉は、雷に打たれ、強風に耐え抜きながら、短くどっしりとした形になりました。杉はまっすぐ高く伸びていれば、木材として高い値段がつきます。 他の杉が製材の目的のためにつぎつぎと伐採されてゆく一方で、この巨樹が長い時間を生き抜くことができたのは、その姿のためでもあったでしょう。 日本は国土の約67%が森林です。にもかかわらず、巨樹と呼べる古い木が成長し続けることができる森林はほとんど残されていません。

屋久島の自然の写真

 北信で暮らすようになって35年の間、わたしは森が破壊されていくことに反発して戦ってきました。悲しむべきことは、過去にこの環境破壊が政府の施策のために促されてきたということです。古代の貴重な森が失われたことが、わたしは悔しくてなりません。ヨーロッパや北米に比べると、日本では、高山の山岳地帯から緑が密集して育つ熱帯雨林まで、多様な森林が目を楽しませてくれます。ここに現存している品種から亜種までを含めて、数万年、いや数千万年を生き抜いてきた樹々の情報が詰まっているあらゆる遺伝子が尊重されるべきです。そのなかでも巨大に成長してもなお生き続ける巨樹は、たくさんの知恵を秘めている存在でもあるのです。
 哺乳類の個体と違って、木はとても長い時間にわたって成長を続けながら、子孫を殖やし続けます。寺社や神社の境内などでも生きた巨樹を見ることはできますが、森林では、縄文杉があるような奥深い場所まで行かないことには、いまでは古く大きな木に出会うことができなくなっています。むしろ人間がアクセスしにくい場所であったからこそ、彼らは生き残ることができたのかもしれません。巨樹は、生存のための知恵を木の実や種、果実や根に閉じ込めて、みずからの遺伝子を未来へと伝えようとしています。巨樹の遺伝子を体系的に記録して残し、その子孫にあたる木々も守り続けることこそ、日本の森林の豊かさ、美しさ、そして多様性を健やかに取り戻すための唯一の方法だと思います。樹木は、人類よりもずっと長い間にわたってこの地球上で繁殖を続けてきた生命です。その事実を謙虚に、敬意を持って受け止めることではないでしょうか。わたしたちが生き残るための大切な手がかりになるはずです。

縄文杉と巨樹の地図

幹周り1610cm
樹高30m
樹齢2600年以上(諸説あり)
保護指定国指定特別天然記念物
所在地鹿児島県熊毛郡上屋久町高塚山
交通メインルートの荒川登山口から往復で10時間程の本格的登山となる
著者C.W.ニコル(長野県(北信)在住 作家 環境保護活動家 探検家)